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時速200kmの世界

祖父が他界しても、家業に関心は生まれなかった。
遊び呆けながらも、建築資材を運ぶ会社の先輩に可愛がられ、慰安旅行のロサンジェルスに続き、翌年はハワイ旅行という好景気を傍受。しかもハワイに至っては、ほぼ単独行動を取るような暴挙に出た。
呆れたものだが、これには訳がある。

小さい頃からジェットコースターなどの乗物が大好きだった私は、オプショナルツアーにあるスカイダイビングを初日に見つけ、”日立の樹”に向かう道中、先輩に同行を願うも拒否をされてしまっていた。
そんな事もあって単独行動をとるしかなかったのである。

一家の大黒柱である父親が、ハワイでスカイダイビング中に転落死とは余りに無責任だ。今の私だったら拒否をする(笑) そしてその気持ちに理解できるが、当時の私である。
社会性も少しは身につき、再起を誓う中で落ち着きを見せていたとはいえ、まだまだイケイケドンドン。分かる由もない。

車に揺られ、セスナに乗り込んでも意気揚々。
経験豊富なダイバーは、高所でも余裕の私をトップバッターに選んだ。

最後尾から飛び降りていくその瞬間まで、今から始まる最高のスリリング体験に胸を躍らせていたのだが、その心は脆くも一瞬にして砕け散る。

バディを背中に背負い込むように下を見た私は「 あかん 」と叫んだ。
足が着くであろう先は遥か彼方に小さく、それまで守ってくれるものがないのである。ジェットコースターのように鉄の箱に守られた状態とは違う。頼るはバディのパラシュートのみ。
その瞬間…私は激しく後悔した。

体は腰が引けるように開口部から遠ざかろうとするが、ついさっきまで楽しそうにしていた若者なのだ。現状を理解をしようと必死になる私に向かって、笑顔のバディは「 Good Luck 」と親指を立てると、澄み切った青空へと押し切るように飛び立った。

「 うぉああぁぁお$’!&”#!!! 」

体験した事のない恐怖、死と隣り合わせの空間。
言葉にならない唸り声のような雄叫び。

粋がっていても、実は臆病で小心者の私を写し出した写真には、極端に内を向いた股で叫び声を上げている姿が残っている。こういう時に化けの皮は剥がれるものだ。

地上4,000mから落ちるスピードは200kmを超えるという。
初めて体験するスピードと恐怖、身を任せるだけの焦り、脳内の理解力が噛み合わないまま息が出来ない。後ろのバディに向けるよう「 息できひん息できひん 」と叫んでも、日本語の分からないバディはまたも”Good Luck”のサインで応答する。
パニックに陥った。

このまま状況に争いながら息が出来ずに失神するか、今を受け入れ楽しむかの二択を迫られたんだと悟った私は、とことん落ちる方を選択した。正しく言えば”出来た”のである。

少林寺に通っていた小学校の頃、1つ上の先輩と鴨川に泳ぎに出かけた。
川や湖は一方向に流れがあるようでそうではない。

ランダムな流れを形成するが故に川底が歪んだ状態で削られ、急な深みがある事を知らなかった。そして、私は深みにはまり溺れた。忘れもしない、二条の橋を少し上がった所だった。

目の前で日焼けを楽しむカップルに助けを乞うも反応なし。
遊びだと感じたんだろう、必死で先輩の名前を呼んでも笑っていた。
事の重大さに気づいてくれた先輩に、命を助けてもらったおかげで今があるが、あの時…と考えると本気で恐くなる。

この出来事を経験したから、脳裏で「あの時どうすれば良かったのか」が残っていたのだろう。何かの折で読んだ本に”溺れた時はまず冷静に”を見つけ、これだったのかと腑に落ちた。

時は過ぎ高校時代、本中(25話)のヤツらと琵琶湖に行った。
御一行様で戯れていると、後ろで遊んでいるかのように振る舞う仲間の女子が現れた。
全員が最初は遊びだと思っていたが、咄嗟に小学校の出来事が蘇り助けに向かった。彼女は必死にしがみつこうとしたが、前述の本に”後ろから脇の下を抱えろ”のような事を思い出し実践した。
浜に上がり「焦り過ぎて訳わからんかった」と女子が言い放った。

焦りは自己主張である。
こうあるべき姿が遂行されないから生まれるエゴ。
されど、その姿がないのならば受け入れるしかないのだ。
パラシュートが開いてくれるかどうかなんて、時すでに遅しなのだ。

こう思うと急に息が出来、丸くなろうとしていた体は大の字を描き始める。
緊張感が緩んだ体を感じたバディはまたもや”Goos Luck”。
「もうええぇて」とつぶやくと周りが目に入る。

どこまでも続く大空とエメラルドに輝く青い海、激しい風の音しか聞こえていないはずが静かな世界に私は居た。なんと言えば良いのだろう。スピリチュアル風にいうと、大地からはエナジーを、太陽からは愛を感じたと言うのだろうか(笑)

飛び出してから何分経っただろう。時間にすれば1〜2分だろうか。
バディが私を叩き、またも親指を立てるとパラシュートが開いた。

「 そっちのサインかいな 」と私は笑いながら大地を掴んだ。

三代目のコラム 記憶を辿る52話に続く

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