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怪しげな白人

早朝から出かけた私は、昼にホテルに帰った。
上司や先輩はアラモアナだカメハメハだと周っている。
まして真平と一緒に居たら殺されるばかりに敬遠されているのだ。
そうなると単独行動を取らざるを得なく、昼からはワイキキでレンタルロングボードを楽しむことにした。

俗に言う横乗り系の代表スケートボードから入った私は、その後スノーボードやウェイクボードを楽しんでおり、サーフィンにも興味があった。しかし市内から海に向かうには、最低2時間半かかり中々実現できないでいた。
その点でワイキキのレンタルはサーフィンを体験するには丁度良かった。

サーフィンをする人にとってハワイは天国だ。
四方を大海に囲まれ、緩い波から荒い波が体調や実力に合わせて選べる。それも24時間。
出勤前にサーフィンをしてから仕事に向かい、仕事が終わってからまた楽しむなんて事も可能なのだから最高の環境である。
後に書くことになるが、大分に住み出した頃はそんな生活を目指した。

サーフィンには2通りあり、短いボードでアグレッシブに波を楽しむサーフィンと、長いボードの浮力を活かして緩く波を楽しむロングボードの2通り。その点でもハワイは、様々な波を作る岩礁に富んでいるから、老若男女が楽しめる環境にある。ワイキキなんて最たるもの。緩い波に加えて遠浅で、私のような初体験組から緩く楽しみたい人まで様々だ。

浮力の高いロングボードを選んだ私は、ワイキキの緩い波をすぐに捕まえた。
これがサーフィンか。スカイダイビングのように生死を分けてしまうようなスピードとは違う、滑り落ちるようでいて優しく包み込むような加速感。また違う遊びを覚えた瞬間だった。

何時間レンタルしたんだろう。
気づけばワイキキのサンセットの中にいた私は、流石にやり過ぎた事に気づく。
慌ててレンタルボードを返しに行くと、白人の青年が声をかけてきた。

「 What’s Up 」

音楽のベクトルをパンクに向けていた16歳の頃、本気でイギリスに行こうとしていた時期があり、その時にある友人から「 行くんやったら、耳は慣らしといた方がえぇで 」こんなアドバイスをされた事があった。

当時人気海外ドラマだった”Xファイル”や洋画を字幕なしで見るように心がけていたり、母が常にラジオでNHKの英会話を聞いていたので、聞くだけ英会話は”英語は全く駄目です”と言う人よりは一歩ぐらい歩き出していたんだと思う。

「 What are you doing here? 」

(見たら分かるがな、サーフィンしてたんやん)と心で思っていても表現が出来ない。こういう返答をする時、中学で習う英語力しかない日本人、いや私か(笑) 凄く謙虚でいて丁寧な返答をした覚えがある。

「 I’m playing Surfin 」

こんなトコだろうか。
その後は俺もサーファーなんだ、サーフィンが好きなら俺が持ってるボートでウェイクボードをしないか? 近所だよ、楽しいよと続いた。それらしく「 アハン、ウフン 」だの返答していたが、この怪しげな白人の持つボートにも興味があったし、経済力も必要なウェイクボードもしたかった。

身振り手振りでウェイクボードをしたい事を伝えると、明朝ホテルに迎えに来ると言うではないか。若いというのは素晴らしい。安全よりも興味が優先されるのだ。
こうして全く信用するに値しない白人と握手をしビーチを後にした。

ホテルに戻ると上司や先輩から、スカイダイビングの質問攻めにあう。
生死を彷徨うような思いをしたと告げると、皆が一様に「 行かんで良かった 」と言った。単独行動を取った事は詫びたのだが、彼らの翌日の予定を聞いてもアウトレットだ、ダイヤモンドヘッドだと言っている。

「 真平、明日どうする? 何したい? 俺らに着いてくる? 」
「 いや〜さっき白人と連れになってウェイクボードしぃひんけ? とか言われてるんすよね。怪しいんで行くかどうか迷ってるんですけどね。 」と答えると皆が目を丸くした。

(はぁ? お前なに言うてんの? 初対面? ウェイクボード? ここ外国やぞ? )

心の声はこうだっただろうと思う。
既に私が興味を持つモノは”取扱注意”に変わっており、賛同する人はいない。
皆が声を揃えて「 行ってこいや 」と笑いながら言った。明晩に集まる際の酒の肴にでもなる話持ってこいよという風だ。こうして翌日も単独行動を取る。

明朝、ホテル前で待っているとボロボロに錆びついた車が止まった。

(しまった! やってしまった!!)

既に彼は車から降り、私に近づきながら握手を求めている。
逃げ場を失い観念し、車に乗り込もうとすると助手席には大型犬が乗っていた。
俺の相棒なんだと絵に描いたようなアメリカン風を気取った白人の青年は、荷物を後部座席に放り投げ、相棒を手払いして座らせた。

(あかん、俺やってもうたかも知れん)

不安と猜疑心に取り憑かれた私は、彼の全てが怪しくなり、現地のラジオが流れる車内に残る様々な痕跡で、彼のプロファイリングに必死になる。飲み残しのバーガーキングのジュース、バックミラーに付けられたロザリオ、後部座席に置かれたタオル群 …
行く宛が分からないまま推理は続いたが答えは出ず、あるゲートに到着した。
そこは、米軍の基地だった。

三代目のコラム 記憶を辿る53話に続く

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