記憶を辿る 89話
– 予想外の売れ行き –
前話(88話)にも書いたが、女性が買ってくれたのが不幸中の幸いだった。
しかも手に取ってくれる女性の多くが即断で買っていく。
B品ではないけれど、なぜだか申し訳ない気持ちにもなった。
いま思うと、この時に商品が動いた理由は3つ。
一つ目は、これまでの顧客様からのエールに似た1枚。
二つ目はプレスリリースをバラまいた成果の1枚。
三つ目は、いままで旦那さんやお父さんが好んで着ていた”白い肌着”を日々ケアしていて、既にクレープ生地の良さである”涼しそう”を把握していた人が多かったこと。
この3つ目がとても大きかった。
なんか肌が透けて見え、あまり見栄えが良くない下着。
「うちの旦那は他の下着を買ってきても、全く見向きもせずに”これが良いんだ!”と言わんばかり。でも触っていると確かに生地は薄くて”シャリ”っとした触感は心地よさそう、、だけど、、見栄えが悪いからなぁ」。
淑女達のお意見はこんな感じだったはず(笑)
しかし多くの女性は新しい物好きなこと、物事を余り決めつけてかからない柔軟さもあり、カラーが豊富でシャリッとしながらも柔らかなクレープ生地のTシャツは、
「なんか気持ち良さそう 」
と男用の肌着を買いに来たついでに買っていただいた。
購入者の多くは、ご近所の人達だったから「めちゃ気持ち良かったし、もう1枚ちょうだい」といった具合に、次の日もその次も、口コミも広がって連鎖が続き、ふわふわとした思いが確信に変わり、自信に繋がっていったのだ。
これに加え、知人から教えてもらった新聞や雑誌に向けたプレスリリースを手当たり次第で打ったこともあって、多くのメディアが取り上げてくれた。
・Tシャツ開発にズボン下素材
・ステテコだけじゃありません!
・イメージを覆すステテコの進化系
業界紙が多かったけれど、それでも今までにない出来事に心が躍る。
京都新聞に掲載された時の反響はまぁまぁ凄く、あの時のあの子が!? と言った具合で父母から子へ情報が伝わり、当時ツルんでいた連中から引っ切り無しに電話が鳴った。
久しぶりの連中と話をすると「おかんが1枚欲しい言うてんねん」「おとんが肌着? 買うてこい言うとる」といったエールとも取れる声もあり、ビルの間に挟まれた小さい会社のプロダクトは一丁前になり出していた。
まわりがどんどんと道を決めていくなか、やりたい事がわからず悶々と過ごした日々に、何かを生み出そうと必死にもがいて出した一つの答え。でも、これは終わりのない始まりにすぎなかった事は、この時の自分には分かるはずもない。俺はここにいるぞ! と言わんばかりにアピールできたことがとにかく嬉しかった。
やりたいことってなんなん?
夢ってなんなん?
と聞かれることに恐怖すら感じていた自分に、何かの道筋が見えたようだった。