記憶を辿る 60話
– ハロウィン –
この日の計画は朝イチでグレイハウンドバスを使ってキーウェストへ。
夕方の同じバスでマイアミのダウンタウンに戻るという計画。
バスに乗り込んでくる多くの客は、私と同じようなバックパッカーのような薄汚れた者も多く、荷物を全く持たないユニセックスなパーティ軍団が何組か乗り込んでもいて、お世辞にも安心して乗れる交通機関ではなかった。
マイアミからキーウェストまでは約4時間。
途中のトイレ休憩で立ち寄った公園で、パーティ野郎達が何度も”楽しもうぜ”のような言葉を投げかけてくる。理由をバスの運転手に聞くと「お前知らないの?」といった感じで説明をしてくれた。
そう、この日はハロウィンだったのだ。
そしてこのキーウェストのハロウィンは、盛大なパレードが執り行われることが有名で、全米から観光客が押し寄せていたのだ。
今でこそ色々な店がハロウィンセールだとか、仮装をした若い子が渋谷だ道頓堀をジャックしているが、20数年前の事である。
馴染みのない祭りに興味はゼロ、10月の最終日自体ノーマーク。
なるほど、荷物を持たないパーティ野郎達は、時間に縛られない、その日のパレードだけを目当てに楽しみたい御一行様。これでテンションが異常なほどに高い訳に納得がいった。
そして帰りの最終バスは、混雑を避けるよう着いてすぐ戻るという。
宿を見つけられないままパレードを楽しむかUターンするかの2択。
時間はたっぷりあるのだ、もう開き直るしかない。
キーウェストのバス停に着き、ハロウィンに馴染みのない私にとって、ハロウィンとは何ぞやを教えてくれるには充分すぎるほどの装飾や人のオンパレードだった。何度も言うが20数年前である。
全裸同様の露出をした女性や、バイキングの仮装をした男性、様々な仮装をした人間が入り乱れ、それに加えパレードの参加者と山車が、キーウェストのメインであるデュバルストリートを練り歩く。
今の日本のように仮装が定番化し、何でもありの仮装というよりは、洋のポップで不思議な世界をコンセプトにした仮装が多かったと思う。イメージはフランケンシュタインや吸血鬼、魔女に代表されるアダムスファミリーといった感じ。
町はオープンテラスの飲食店が最も賑わっていて、パレードに参加する者が、キーウェストだけで使えるクーポンをバラまきながら練り歩くものだから、クーポン目当ての見物客も加わってごった返すどころではなく、デュバルストリート沿いは人種も様々、仮装も様々、正に酒池肉林状態というべきパレードだった。
このパレードは22時頃まで続いたと思うが、無残り惜しそうに飲食店で騒ぐ者、余韻に浸るように道沿いに座り込んで話す者、今夜のホテルに急ぐ者などを横目に、ここからが私の正念場。
なんせ宿を取ってないのだ。
パレードの最中も目に入る宿という宿にフラれ続けていた私は途方に暮れていた。
あてもなく歩き続けるキーウェストの町。
気も足も重くなった私は、気づけば辺鄙な国道を歩いていた。
方位磁石を片手にマップを取り出すと、どうやらこの先に空港があるようで、野宿や日が昇った後のことを考えると空港に向かうのが得策だ。すると急に気分も足取りも軽くなった事を思い出す。
鄙びた駅舎風情の空港のベンチでひと息ついていると、空港警備の警官が近寄ってきた。
手を左腰にあてがい「何処から来た? なんでいる? これからどうする? 」と矢継ぎ早に問われた。
パスポートを提示し、「 I’m Trip 」ばかり連呼するエイジアンに呆れたのか「もういい、取り敢えず空港は24時で閉鎖するから空港内から出て行け!」と言われたが、途方に暮れた末の空港なのだ。
高圧的な警官に見守られるように、トボトボと行くあてのない徘徊に出ると、すぐに公園のような所に出くわした。
ここで野宿をしようとテーブル付のベンチに腰をかけると、ようやく何かから解放されたような気持ちになる。しかしこうならないために貯蓄をしてきたにも関わらず、それら一切が役に立たず、未来を思う不安という物に出くわしてしまう事に気づいたのだ。
備え合れば憂いなしではあるが、備えが合っても役立たずな時もあるのだ。