記憶を辿る 54話
– 人種の違い –
常夏のマリンスポーツで一般的なオプショナルツアーといえば、シュノーケリングやバナナボートだろう。続いてマリンジェットやサーフィン、パラセイリングなどになると思うが、私が選んだのはウェイクボード。
しかも船頭はビーチでたまたま会った白人で、しかも軍人というオチ付。
普通のオプショナルツアーになるはずもなかったのだ。
こういう横乗り系は膝の柔軟性が非常に重要になってくる。
英語で捲し立てる軍人レベルのマリンスポーツは、もはやビリーズブートキャンプをも超えていた。
なんとか外海に出るタイミングのジャンプの際、30cm、いや20cmほどボードが浮いた時はどれだけ安堵した事か分からない。鬼の教官と化していたジョンは「 Goo Job!! 」と褒め称え、戦場ともいうべき海上から引き上げた船上で抱擁してくれた。
疲れで一言も話さない私を横目に、彼はハワイの素晴らしさを説明していたが、マリーナまでに五感で感じたハワイの海の素晴らしさに説明など必要ない。ベトナムで帰還兵としてヘリに乗り込めた兵士は、こんな安堵感だったのだろうか。
こうして楽園オアフの入江で起きた戦争は終わりを告げる。
マリーナに着くとジョンの愛犬が駆け寄ってきた。
一刻も早く先輩達が楽しんでいるであろうホテル周辺に戻りたかったのだが、事もあろうか一緒にボートを洗って帰ろうとジョンが言い出した。「有料オプショナルツアーだから、それはお前の仕事だろ」というような英文はもはや頭にはよぎりもせず、ただただ言いなりとなってホースを手に取ったのだが、この時ほど足に戯れてくる犬が鬱陶しく感じた事はない(笑)
ワイキキに向かう車の中の2人は無言だった。
しかし気さくな軍人ジョンは無言が耐えられなかったのか、遊び足らなかったのか分からないが、この後ナイトクラブに行こうと言い出した。
海外のクラブ初体験!
がよぎりはしたが、先輩達との会食も残っている。
それにボート洗浄を手伝わされた苛立ちや、悪びれた過去も、白人の前では萎縮して言葉に出来なかった自分への腹立たしさもあり「 No 」と告げた。
ジョンは自身が欲求する言葉を発したに過ぎなかったが、空気感を大切にし、洞察で図り合いを繰り返す日本人の悪癖や、自分の生きてきた大きな世界は、最も小さな世界だったという事をまたも思い知ったエピソードだった。
ホテル前に着くと、今日は楽しかったとジョンは繰り返した。
聞くだけ英会話が正しいなら「 俺は日本が好きで、日本の映画をよく見るんだ。侍が出てきた映画に凄く刺激を受けた翌日、お前が目の前に現れた。だから思わず声を掛けたんだ。俺は仕事で来ているけれど、心からハワイを愛している。そんなハワイを、日本人である真平に心から楽しんで欲しかったから、思いつく限りで趣味のウェイクボードに誘ったんだ。本当はお金なんて取る必要はなかったんだけれどね。だからこれをプレゼントするよ。ハワイの最後の夜を心から楽しんでくれよな。」
多分こんな事を言っていた。
過去のこんな会話を本当に覚えているのか?とお思いだろうが、これには訳がある。
彼から手渡された小さなビニールの小袋には、実にハワイらしく、いやアメリカらしい非合法の乾燥植物が包まれていたからだ。しかも小袋パンパンに(笑) これを渡したジョンの入手経路に問題があるかないかは前話(53話)を辿って判断して欲しい。
アメリカで未成年の時に車に乗って酒を買いに行った。
帰りに警察にスピード違反で捕まった。
社内の酒も見つかって御用となりそうになったけれど、次はしないからと同乗していた友人が前述の物を差し出した。次はないからなと言って警察は受け取り放免した。
留学していた友人のエピソードだが、蓋を開けたらそんなもんである。
Everything’s gonna be alright.
もちろんこの後、パンパンの小袋はホテルの植え込みに投げ込んだのは言うまでもない。