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機上で味わう墜落

県を跨いで百貨店に戻った後も心は晴れない。
本来ならその土地の食事に舌鼓なんて時間すら、焦りで心は埋め尽くされ、何を食べても味はしない。ホテルに帰って体を休めても頭は冴え渡って朝を迎える。
いくら私が焦って考えたところで、何ともならないのだが、出張中でこの状態は正直辛かった。

これほどに焦りが強かった理由は、ゴールデンウィークという休日期間があることだ。
この期間中は、どの工場も休みに入り、身動きが取れない。

しかしその間もSOU・SOUから連絡が入るのは目に見えていたし、現に前述のやり取りの間にも納期を詰める連絡、次に投入される型の進捗など引っ切り無しに電話は鳴る。

そしてこの土地に居られるのも残り6時間を切った頃、工場の進捗状況が気になった私は最後の頼みとばかりに百貨店で手土産を購入し、土下座覚悟で再度工場へ。
しかしこの思いは脆くも崩れ去る。

工場に着いたとき、先方の社長は不在。
時間に猶予はなく再訪はできない。

応対してくれた工員さんに、何とかして欲しいと窮状を訴えた。
工員さんから「困っておられましたよ」という話が上がったら、一旦ラインを止めて社長も頑張ってくれるはず!という最後の神頼み。しかし、これが彼の逆鱗に触れる。
飛行機の搭乗が始まる中、携帯が鳴る。

「お前は絶対やってはダメな事をしてくれたな! もう絶対、何が何でも縫わない!! 生地は今日送り返す!!!」
「いや、ちょっと…」ブチっ!!

その後、何度かけ直しても電話を取ってもらえない。
最後の搭乗を促すアナウンス …
この時に味わった機上での心情。

あの時の自分を10mmぐらいは褒めても、なぜ飛行機に乗った?
とも思う(笑)

もう1回引き返し、社長とど突き合いの喧嘩をしてでも何故やり合わなかった? その後の予定を全部すっ飛ばしてでも裁断を手伝ったり、縫製を手伝うこともできたはずだろ? と。

伊丹空港に着いた後も先方は電話にでなかった。
当初は納期に間に合わせることが目的だったはずが、商品を縫う術を失った私は、打つ手がないと分かりながらもタウンページを引っ張り出す。もうとっくに22時を過ぎている。
ほとんどが電話にでない。
出てくれた! と思っても

「私んトコは旗やら縫う工場ですねん」
「もう廃業してますねん」
「いやぁ無理ですわ」

茫然自失、途方に暮れた。
ただでさえ縫うことが難しい生地なのに、納期を間に合わせることだけを考えていたこの時、仮に対応してくれる工場を見つけても、販売できる商品は難しかったはずだ。

考えられる手は出し尽くし、もはやギブアップをするしかなく、涙ながらに現状をSOU・SOUの社長に直談判すると、なんとかゴールデンウィーク前の納品が無理なことはわかってもらえたが、最短納品が希望なのは変わらないという返事。

朝から晩まで各方面の協力を仰ぎ、ゴールデンウィーク前に納めるためにしてきた調整や、腹の下でゾワゾワし続けた何ともいえない感覚と、焦りから広がる、生きた心地のしない焦燥感から、ほんの少し解放され、時間的な猶予は与えられたものの最短納品は課されたまま。
この原因である、投げ出した工場を恨んでいる時間はない。

次の日も次の日も手がけてくれる工場を探し続ける。
名刺や携帯に入っている方達にダメもと感を持ったまま、連絡を続けていると、手描き友禅のシャツを山城が販売していた頃(90話)に知り合った方をきっかけに突破口が開いていくのだった。

三代目のコラム 記憶を辿る118話に続く

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