記憶を辿る 110話
– 轍への決意 –
食い違いが生まれないように作ったマニュアル。
人気商品になって納品を重ねるうちにその”解釈”を巡って恐れていた食い違いが生まれ始めたのは前話の通り。
納めていたデザインの襟元にあしらわれたフリル。
これは綿ではなくポリエステル製のリボン状になった別パーツを使っていたのだが、1mの等間隔で繋ぎ目が入っており、この繋ぎ目を巡って双方が考えるA品とB品の境目が問題になった。
先方はこの繋ぎ目がA品の首周りに入って欲しくない。
我々は縫製上の効率化を考え、一定の部分を許容して欲しい。
これらの食い違いを埋めるためのマニュアルだったのだが、測り方によっては誤差が4〜5cm生まれてしまう。この誤差分を”どこから測る“を特記事項として記載していなかったため、納めた商品を検査する部門からクレームが入ったのだ。
「先日お納めいただいた製品からB品が大量に出ています」
しかもこの納めた商品を検査する部門は、本来の厳しい検査部門ではなく倉庫内の検査部門。
“10枚の内1枚”を検品し、問題がなければ全納品とするような、緩めの検査部門であるにも関わらず、「あれ?」と思って他も開けてみたら、出るわ出るわな訳である。
先方からしたら”どないなっとんじゃ!“だ。
最初は電話越しに
「いえ、ここから測ると許容範囲です」
「肩のラインから下に10cm下を測ってます」
などとやっていたのだが埒が開かない。
そらそうである。
“どこから測るか“の”どこ“からは、それぞれの主観や考えも入ってくるからである。
しかもそれを伝えているのは厳しい検査をする部門の方で、聞いた内容を倉庫内で検査する方に伝える作業も入っていくからどんどんと話がズレていく。
今なら速攻で横にメジャーを置いて”ここからここまで“を明記した画像を用意して、先方に送って食い違いを埋めようとするだが、当時は経験値も考えも浅く、何とか口で誤魔化したら納めてもらえるだろうという”舐めた“態度があったことは事実だった。
いつまで経っても解決しない問題は納品を刻一刻と遅らせていく。
おかげ様で人気となったこの商品を、先方は一刻も早くお客様の元へ届けたい。
やり取りを続けるうちに倉庫を任されている長から直接電話が入る。
「倉庫に来ていただけますか?」
伺った倉庫は都心から1時間ほどの場所にあった。
そこには厳しい検査をする本社の検査部と企画部の方々、倉庫の長から担当長まで揃っておられ、総勢10名はおられたのではないだろうか。
そんな中、ひょっこり1人で現れる若い人間だ。
事の重大さは分かっているのか?! となって当然だろう。
やはりこういう局面は”長“が動かなくてはならないと思う。
問題が起こった原因を調べるために工場に聞いてもノラリクラリで、相手を納得させるには無理がある内容ばかり。要は1枚のシャツにつけるフリルは50cm必要だが、繋ぎ目は1m間隔に出てくるため、2枚縫えるかどうか。
最初は綺麗に2枚を縫えていても、少しずつ生まれるズレが何十、何百となると繋ぎ目が襟の中央に出てきたり、下部に出てきたりしてしまう。
問題を防ごうと思えば、2枚縫ったら一旦切り離して一から始める。
もしくは次の1mをロス分としてカットして一から始めれば防げたはずなのだが、このロス分を見積もりに含んでいなかったことと、手間のかかる作業のために発注量に応えていくスピードが維持できなかったことが原因の根幹だった。
これはサンプル縫製では気付けない落とし穴だったのも事実で、量産に向けた懸念事項を、大きい発注ということで心が躍って抜け落ちていたことも要因に繋がっていた。
そしてこの肝心の納めてしまっていたB品は、効率を重視したために”あらゆる箇所”から繋ぎ目が出ており、マニュアルに沿ってOKとした商品とそうでない商品の見分けは全ての商品を見る他なかった。
これら全てを含んで倉庫長は私を呼んだのだ。
会議室の中で始まる各担当からの問答に対して、工場から上がってきた回答をノラリクラリとはぐらかそうとする私に業を煮やした倉庫長は、長机を力いっぱいに叩いて一喝した。
「そんなこと聞いてんじゃねぇんだよ!! 出てきた問題をどうやって解決するかを回答しろって言ってんだ!!!」
全くその通りである。
この一喝で各担当からの問いに必死で納得してもらおうとしていた押し問答に終止符が打たれた。
言い訳は自己保身からくる。
当時の私からすれば、聞かれたから答えてるんですけど?
ぐらいだったのだろうが、これら全ては言い訳だったのだ。
聞いてよ、分かってよという甘え。
その後、会議室に同席した各担当さんにも手伝ってもらい、何千枚とある倉庫の商品を全て検品しながら様々な感情が湧き起こる。行き場のない不甲斐なさ、この状況を作り出してしまった工場の長に対する他責の思い、反省と苛立ちが対局する。
作業を終え、倉庫を後にする際に倉庫長から
「思ったよりも出なくて安心したよ。向かっていけば何とかなるから。」
こう笑顔で言われ初めて気づく。
逃げていたこと、針のむしろのような状況を抑えてくれた倉庫長の優しさ、問題が起きた時の大切な思考法。
大きな失敗に繋がる話にはだいたい横着な思いや行動が発端になっている。
ほころびが起こりそうな兆しが転がっている。
その小さなほころびに気付いて対応するかどうか。
失敗はしない方が良いに決まっている。
しかし恐れていては何も始まらない。
同じ轍は踏まないぞという決意をした大きな私の失敗談だ。
三代目のコラム 記憶を辿る111話に続く