記憶を辿る 100話
– 価格の魔力 –
山城は今の業態に変わるまで”工賃”での取引しかなかった。
1枚なん銭の利益しかなくても、枚数でカバーしてもらえたからこそ工員を遊ばすことなく成り立ってきたのだ。しかし、イチ地方の無名縫製会社が出したアパレル品では、販売できる数量に限界があり、その枚数はカバーできないことが抜けていたのは99話の通りだ。
これを境に父との喧嘩が増えていくようになる。
それは後に語るとして価格というのは本当に恐ろしい。
それは消費者心理や気候、社会情勢などとも密接している。
クオリティが高いという自負のファクトリーブランドが出すTシャツは高いんだぞ! とばかりに、1枚10,000円をつけたら安心と自尊心が生まれ、業界人や高級志向の方々に目をつけてもらえるかもしれない。
もしくは、いつ見ても”SOLD OUT”の文字を踊らせておけば、発売日はこの日です!とお知らせするだけで即完売という状態になり、並んででも買いたい!という心理が生まれるかもしれない。
これはマスク不足の時に思い知った消費者心理なのだが、いづれにせよ、それは売るテクニックの話だ。
ひとつの工場を1年間潤沢な仕事で回し切るような生産量はどちらも見込めず、話題になったとて1プロダクトだけが売れたり、2つ目以降のプロダクトが生み出せず、絵に描いた餅で終わるファクトリーブランドやインフルエンサーなども多い。
私が今こうしてコラムを書けるのは何故だろうと思うことがあるが、どこまでいっても恵まれた環境に置かれた上での切磋琢磨なのかもしれない。
価格と消費者心理。
これは奥が深いが、その分、お客様はそれ以外を求めるようになる。
それは商品デザインに始まり、店やブランドに対してのステータス、信頼や安心感、店頭やメールでの顧客対応度やキーマンのスター度であったり。
自分や山城の軌跡には無かったことを求められる。
縫製を生業にし、技術や知識、知恵はあってもメーカーとしてのノウハウは全く皆無の中、これ以上の事ができるだろうか。
そうなりたくない訳ではない。
はい、明日から! というように、すぐにはなれないし、できないのだ。だったらそういった人材と組んだり、はたまた得意な会社をM&Aしたら良いじゃないかという話も資金的にも厳しい。
今でこそメーカー型になろうとして25年が過ぎ、経験や失敗を経て蓄積できた事も多い。しかし山城が長きに渡り、生業にしてきた商売は、お客様がデイリーでシャツの下、パンツの下に着用する下着を縫うことなのだ。
どこまでもノームコアでベーシックだ。
縁の下で支える零細企業であることは明白であり、それならば庶民(失礼!)の味方であるべきだろうというのが変わらぬ山城の想いだ。
だからこそ安易に値上げはしたくない。
しかし多方面からのコスト増は毎日のように連絡が来る。
下請けだった頃にはない販管費の増大ものしかかる。
もちろん根底として、いま販売している商品の価格が高い、安いはそれぞれに感じる事だとは思うが、現在ご提案している価格は決して無茶な価格設定ではないと考えている。
企業体を継続していくには、商品をご購入いただくお客様は大切な存在なのは確かではあるが、会社で働くスタッフの幸せ、お取引のある生地や染色などの工場の協力なども不可欠なのだ。
これまでは良くも悪くも家族経営の馴れ合い会社で、相談しようにも社会的にズレているような判断材料しかなく、暗中模索するしかなかった。
しかし、店舗改装してからは、アパレルや物販を経験してきたスタッフが増え、ファッションに興味ある若手が私にアドバイスをしてくれるようになった。
「これは高く感じます」「もっと作りましょう」とか。
「こんなの作りませんか?」 など一緒に考えてくれる。
出来上がった物に対して、事後にあれこれ言うのは誰でもできる。
私はこれを人生の大半で嫌と言うほどに喰らってきた。
サンプルを相談しても「 う〜ん、分からんわ 」と言われ、行けそうだと商品化して陳列すると「 こんなん売れるはずないわ! 」と問答無用に切り捨てられた。
好調に売れたとて不貞腐れ顔で何の褒美もない。
家族経営のデメリット、”やって当たり前”ということだった。
自分は工賃加工で育ててもらったことは、重々わかっているつもりだし、少しでも入ってきたお金を残そうとするならば日々の節約しかないのも身に染みている。
しかしである。
優雅なイメージやステータスは節約で醸し出されるのではない。
徹底したコスト圧縮をした上でできる「遊び」が生みだす部分が大きい。
日々の固定費圧縮は勿論だが、問題はそこではない。
商品から、会社から、人から夢を感じ、自身がそれと相対した時に問題を解決してくれるだけでなく、希望を見出せるかどうかに尽きるのではないだろうか。
お客様が山城の商品で”夢”を見れるかどうか。
端的にいうとそれぞれの生活で得ることのできる”メリット増”があるかどうか。
それは掃除に始まる日々の業務から始まる。
店頭や電話対応での私やスタッフが発する言葉やワード、緊張感、相手を想うからこその断片は必ず言葉や態度に現れお客様に伝わる。
物販というカテゴリーだから物を売るのではない。
売る手法はテクニックだから学べば良い。
自分が物を買うならどうして欲しいか?
どの部分を知ってもらえれば、お客様の持つ悩みや問題を解消でき、夢を見ていただくことができるのか? 支えてくれているスタッフや関係工場、すべての人の幸福度を上げていくにはどうすれば良いのだろうか?
今後も小さい企業はそれなりにアップデートを繰り返しながら、流れに身を任せるように時代の荒波を潜り抜けて行こうと考えている。